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9/9 エリザベート梅田
石丸&春野ペアで観てきました!
ちょっと自分的に解釈が納得行かなかった部分から。

ラストシーン、エリザベートはトートと結ばれるかのような雰囲気で終わりますが、ここ、やや唐突で疑問に感じます。だってその直前のシーンで息子を奪われた悲しみでトートを憎んでいたじゃないですか…。死にたい、と願ったもののトートを愛しているとは…?それが死の瞬間から一瞬で愛に変わる理由が判りませんでした。トートの「おまえが自ら私を愛するようになるまで…」という冒頭に命を奪わなかった理由ととっても矛盾するの気がするのですが。だってエリザベートは自ら死を選ばなかったじゃないですか…。

史実+ダークファンタジーなんだから解釈なんて必要ないのかもしれないですけど、やっぱり愛するきっかけとか理由に納得がいかないとすっきりしない性質なのでどうしても気になってしまいましたwwwトートが一目惚れなのは割かし納得は行くんですけどね…。理由なく好きになることもあると思うので。でもエリザベートはトートを拒絶していたし、段々惹かれていく…とかいう描写もあまりなかったし…!

こう、このラストシーンを納得するように解釈を考えまくったのですが(笑)臨死体験を経て、死の世界を身近に感じられる様になった彼女は、束縛でしかない結婚という絶望を覚えた瞬間から死という解放への憧れがじわじわと募っていった。でも自ら死を選ぶほどはこの世への未練と死への恐怖を捨てることができなかった…と。誰かが死を与えてくれるのを待っていたのかもしれない。
そしてルドルフの死。全てトートのせいにすることで憎しみという感情で悲しみや苦しみから逃れようとしていたのかな…。ルドルフに止めの絶望を与えたのは他でもないエリザベートですものね。

エリザベートの心の闇を考えると、ラストシーンが死は安息・死に愛されるという物語に描きあげられた事には納得が行く気はする…。うーん、まだちょっと納得しきってないけどwどなたか納得行く解釈を与えてやってください!!w

いろんな場所にトートが出現しているのは「誰にも死は訪れる」というメタファーな存在なのかなー??直接死を与えられる描写があるのはルドルフだけですけどね。

バレエの「マイヤリング」では皇子ルドルフが主役でおっそろしいほどの自己中鬱人間だったのが、こちらでは憂国の皇子で正義感に満ちていてまぁギャップがwww祖母にはスパルタ、親に育児放棄されたこの皇子がよくもこんなにまともに育ったものだと…。祖母のスパルタが案外厳しいながら王道を育てたのかもと思わないでもないです。自分の信念に生きようとした彼はある意味、母と嫁の傀儡として生きた父親よりも幸せだったのではないかとさえ思いますね。そんな彼も自殺という最期を選んでしまいますが…

こう、物語(というかほんまラスト…)には若干の不完全燃焼感が拭えないのですが、役者さんや音楽の魅力には超満足でした。春野さんの序盤から終盤まで「エリザベート」がさまざまな成長と体験を経て、どんどんと歌声に「年を経た」変化を見せているのには感動!そして、そんなエリザベートへを見守り、愛を貫く王子様な石丸トートにもメロメロでした。

以上、史実のエリザベートを殆ど知らない歴史オンチな初見観客の感想でした!

余談ですが、恥ずかしながらわたし、オペラ座の怪人も初見のときは「???」だったのでエリザももう一回みたらすんなりすっきり楽しんでいる気もしていますwww
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【2012/09/16 20:05】 | ミュージカル | トラックバック(0) | コメント(0) |
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